第十幕  招かれざる客










パカランッ、パカランッ、パカランッ、パカランッ・・・





「おっ、おっ、なんでぃ?!」

「馬牽きぁ無裸松だ。するってぇとあれぁ・・・!」








「無裸松! その方はここで待っておれ」

「へぃ、お気を付けなすって!」
















「なぎ次郎はおるか! 小田島友香衛門兼餅である!」

「その方ら、徒党を組んでの不埒な画策ありとの噂! まことか
否かこの友香衛門直々に取り調べ吟味してくれるわ!」

「そこの者! なぎ次郎をこれへ!」













「げっ! これはおでゃあかん様!」
「へ、へぇ! お待ち下せえ!」

( うえぇ・・・! まじぃぜ、おい、まじぃぜよぉ・・・!
 出入りぁ明日なのによぉ〜 ガサやられでもすりゃ・・・!)
( おいメグ蔵、オラっちがなんとか足止めするからよ、
 親分にすぐ知らせろぃ・・・・ごにょごにょ・・・・ )

「ええい! なにを致しておるのかっ! 早ぅせい!」

「あ、あの、おでゃあかん様・・・実ぁ親分ぁ、今、寝込んでおりやして」

「なに、寝ておると申すか?」

「へぇ、さいでやす。寒気に震え、熱にうなされやして、
うわごとばかり・・・」




























「ふむ、ではいた仕方ない。直々に寝所へ参ろう、あないせい!」

「ま、待っとくんなせぇ! 今、姐さんが裸で看病なすっておりやす
んで、いくらおでゃあかん様でもちっとそりゃあ・・・!」

「裸? 女房が裸でなぎ次郎を看ておると申すか! なぜじゃ?
何故女房が昼間から裸にならねばならんのじゃ?!」

「い、いや、でやすからね、素肌を合わせてぬくためなすってんで
やす」

「姐さんの話じゃもうじき済むんで、それまで何か旨いモンでも
召し上がって貰えってんでやすよ」

「そうか、惜しいのぅ・・・い、いや、ならば暫し待とうぞ」

「へへ・・・どうぞこちらでやんす。 あ、おでゃあかん様、羽織を
お預かり致しやすよ」

「な、なにをするか無礼者め! さぶいではないか!」

「へぇ、その、これをお預かりしやせんと、この後ちょいと
もんでぇありやすんで」















「騒がしいのぅ・・・・ここはその方らが常々飯を喰う処なのか? あン?」

「へぇ、さいでやす。若ぇ衆が多いもんでやすからね、申し訳ねぇこってやすが賑やかなぁご勘弁下せぇやし」

「うむ。まぁかような祭の如き中で馳走になるもたまには良いわ。これは何じゃ? 見たこともないものじゃ、喰えるのか?」

「舶来ぇの喰いモンらしいんでやすがね、旨ぇんでさぁ。ウチじゃ湊をお任せ戴いてやしょ? するってぇとこういう目新しいモンも手にへぇるんでさぁ。また姐さんがどっから聞いてきなさんのか上手に作りなさるんで、あっしらぁ飯時が待ち遠しいのなんの・・・」

「ぬぅ・・・なんと良き香りじゃ、空き腹には堪えるのぅ」

「こいつぁ『かれぇりゃあす』とかいうモンだそうでやす。このさじで掬っちゃ召し上がり下せぇ」

「うむ・・・・うむ・・・・ほお、これは美味な!」








「その方らは毎日かようなものを口に入れておるのか?」

「まいんちじゃ御座いやせんがね、明日ぁちっと大仕事がありやすんで、姐さんが振る舞ってくれやしたんでさぁ」

「なに? 大仕事とな? うぬらぁまさか噂通りに・・・!」

「あわわわ・・・・! とんでもねぇ! お、おっきな船がへぇりやすんでね、に、荷役でさぁ・・・」

「まぁよい。カシラのなぎ次郎に確かめてくれるわ。それはそうと・・・月に一度くらいはこれを味わいたいものじゃな」

「へぇ・・・雪城屋から中尾屋へ卸しておりやすんで、ぼちぼち店先へ並ぶんじゃねぇかと思いやす。お買い上げなさりゃあ如何でやしょ?」








「そうか、中尾屋か。あの者はなかなか商売上手じゃ。まだ若いが何をすればよいかを心得ておる。この友香衛門が饅頭好きと分かれば毎月饅頭箱を手土産にしてきおるわ。ぐぇへへへ・・・」

「はぁ、おでゃあかん様ぁ饅頭みてぇなモンをお好きでやしたか」
( バッカ! そうじゃねぇ、こいつぁ袖の下せびってやんでぃ! )

「そうじゃ、中尾屋から材だけ買ぅてもウチでは作れぬ。ここのおカミに作り方を教えに来いと言ぅておけ。うむ・・・ま、まぁ明後日の晩あたりが良かろう。よいな、なぎ次郎に言ぅてはならぬぞ。
ああ・・・そうじゃ、その・・・食い物を扱うのでな、我が屋敷に来る前には必ず湯を使わせてな、湯上がりの身で参るようにな」

( うひゃあー・・・・なんてぇやつでぃ・・・そんなこたぁ姐さんに言える訳ねぇじゃねぇかぃ )








「さ、さて・・・・こうしてもいられぬ。もうよかろう、
なぎ次郎の寝所へあないせい」

「おでゃあかん様、そりゃまだ早ぇでやすよ! 
姐さんの看病まだ済んでねぇかも・・・」

「たわけ! 何を言ぅておるか、それがよいのじゃ!
・・・い、いやその、わしも多忙でな。うう・・・早ぅせい!」

「へ、へぇ・・・」

「どこじゃ、どの間におるのじゃ?!」

「あ、こっちでやす! いきなり倒れなすったんで
若ぇモンの寝所へ寝かしてやすんで」








「なんじゃ、裸の女房はもうおらぬではないか」

「へぇ、丁度ぬくたまったんでやしょう。これで少しぁ楽になりなすったんじゃねぇですかね」

「ぬぅぅ・・・なんとつまらん・・・!」

「へ?」

「い、いや、なんでもないのじゃ。それより先程の事はな、
くれぐれもおカミだけに言うておくのじゃぞ。魚心あれば水心じゃとも言うておけ。ひいては主人のためになるのじゃとな」

「へぇ・・・」   ( ぅわぁ・・・・・・しつけぇ野郎でぃ )
















「ウーン・・・ぶつぶつぶつ・・・・」

「うむ、まだ熱はあるような。
何やらうわごとを呟いておるわ」

「うううう・・・・ぶつぶつぶつ・・・・」

「病の床に伏せるその方には気の毒じゃが、これも
代官としての役目じゃ。事の真意を確かめねばならぬ。
事と次第によってはその方を引っ捕らえねば
ならんのじゃぞ」

「うううう・・・・なんで・・・ごぜぇますか・・・・」

「おお、ワシの言葉が分かるようじゃ、それは重畳!
では問い質すが偽りを申すでないぞ。
美墨のなぎ次郎、その方ら徒党を組んではこの領内で
喧嘩騒ぎを画策しておるという噂、まことであろう!?」








「うううう・・・・咲兵衛・・・・そいつぁ・・・
刷っちゃなんねぇぞぉ・・・」

「なに? 刷るとな? 咲兵衛とはあの瓦版屋の咲兵衛か?
あの者も一枚咬んでおるのか!」

「さてはその方ら瓦版を用いては民百姓に触れ回り、喧嘩騒ぎ
を機に領内を騒乱に陥れ、一揆・打ち壊しを起こさせんとする
魂胆か! そうであろう!」

「うううう・・・おわあああああーーー! 見たぞ見たぞぉ、
でゃあかんが若旦那とツルんでやがったんでぃぃぃぃーー!」

「ひっ! なんじゃ・・・?!」

「刷るなよぉ! 刷っちゃなんねぇぞぉ! オレっちの
おでゃあかん様なんだぞぉぉぉぉぉーーー!」

「ひっ、ひっ!・・・ま、まさか、ワシのことか?!」








「うう・・・ぶつぶつ・・・くそぉお、あの野郎共ぉぉぉー!
こンめぇの川普請じゃ腹黒屋から三段饅頭だったじゃ
ねぇかぁー!
ううう・・・ぶつぶつ・・・・咲兵衛おめぇも見てたのかぁ、
浮月屋の女将もぜぇんぶ吐いたぞぉぉぉぉぉーー!! 
ぅおおおおおおおーー!!」  
ガバッ!

「ひいぃ!!」

「なんねぇぞ! なんねぇぞ! 瓦版なんぞにしちゃあ
でゃあかんが捕まっちまうぞ! オラっちのおでゃあかん
様なんだぞぉ! ウーン・・・ぶつぶつぶつ・・・・」

「ま、待て! わ、ワシは・・・!」

「そうけぇ、ぶつぶつぶつ・・・あれも見たのけぇ!」

バタリッ!










「ウーン・・・ぶつぶつぶつ・・・・そうでぃそうでぃ、玉擦屋と
朝まで芸者遊びしぁがって馬屋の塀にもたれて昼ンまで
寝てぁがったなぁぁぁー! あの小汚ぇツラにいっぺぇ墨で
描かれてよぉぉぉぉー! ざまぁねぇやなぁぁー! 
ぶつぶつ・・・・ウーン、ウーン・・・」

「そうけぇぇ! あン時どっかの絵師があの間抜けヅラ
写してたってかぁ?! そりゃあいいやぁああー!」

「ひぇ!ひぇ!ひぃぃいいいーー! た、助けてくれ!」

「刷るなよぉ、刷るなよぉー! 咲兵衛よぉぉー! オラぁの
出入り邪魔されるまでぁ刷っちゃなんねぇんだぞぉぉぉ!」










「ウーン・・・ぶつぶつぶつ・・・・そうかぁ、刷りてぇかぁ、
いけねぇぜぇぇぇーー待てよぉぉぉ!」   
ガバッ!

「ひっ!」

「刷れ! 刷れ! オラぁの出入り邪魔しぁがった! 
配りまくれぇ! 売りまくれぇ! 浮月屋の女将に見たこと
ぜぇんぶ喋らせろぉぉぉぉぉーー! 儲かるぞぉ! 
儲かるぞぉ! おめぇはぜってぇ儲かるぞぉぉぉぉー! 
百姓も漁師も町人も、みんなアタマきて打ち壊しの始まり
だぁー! そうなりゃアイツぁ腹切りだぁ、お家断絶だぁ!
わぁはははぁーー!」

「あわ・・・あわわわ・・・・た、助けて、助けてくれ!」

バタリッ!
「ウーン・・・ぶつぶつぶつ・・・・ぶつぶつぶつ・・・」




















「あ、おでゃあかん様、おけぇりでやすか?」

「う、うむ・・・羽織じゃ、わ、ワシの羽織を持て!」

「へぇ、どうも・・・。親分をおみめぇ下せぇやしてこの通りで
ごぜぇやす。ありがとさんにごぜぇやした。で、お取り調べで
親分はどんな風になりやすんで?」

「ううむ・・・・うむぅ・・・・」

「へぇ?」

「い、いや、よい・・・もうよいわっ! 噂は噂にしかあらずと
いうことじゃ!」

「へぃ、じゃあお咎めも無しでやすね。御苦労さんに御座い
やした!」














「ああ、おでゃあかん様なら値打ちモンにお詳しいでやしょう。ちょいとこの絵ぇ見て下せぇやし」

「ひぃ! そ、それは・・・!」

「こいつぁ相模の美翔舞斎って絵師がけぇたモンでやすがね、親分に世話になったってんで置いてったんで
やすよ。絵師の話じゃあ酔っ払って昼まで馬屋んトコで寝てたカブキモンの顔らしいんでやすがね」

「ああ・・・あ・・・・!」

「あんまりだらしねぇのと面白ぇんで何めぇか写したらしいんでさぁ。さる大店の御隠居が五十両出すんで
この絵譲れって言ってきやしてね。姐さんの話じゃあ、名高ぇ絵師のモンだからお客人に見て貰えるトコへ
張っとけってんでやすよ。なんかこう、どっかで会ったよなツラにゃ思えるんでやすが・・・。しかしいくらなんでも
こんな酔ったくれなカブキモンの間抜けヅラぁそんなに値打ちぁあるんでやすかね? こんなモンが?」








「うう・・・うむ、そうじゃな、良い絵じゃ、こ、これは良い! 
ああ、その・・・このワシもな、絵にはちとうるそうてなっ、 
ど、どうじゃその方ら、ワシに譲る気はないか?!」

「いやぁしかし、先方さんも是非にとおっしゃってくれてやすし、
姐さんからぁ客間へ張るよう言われてやすんで、そいつ
ばかりゃあいくらおでゃあかん様でも無理なお話でやんすよ」

「ろ、六十両! いや七十両出そう! うむ、うむ、こ、これは
それだけの値打ちは・・・あ、ある!」








「え〜? そうなんでやすかぁ・・・? まぁねぇ、美翔舞斎って
やぁ名高ぇ絵師らしいでやすからね。しかし、あちらさんに
何て言ゃあ納まりぁつきやすか・・・・・・うーん・・・」

「ええい! ひ、百! 倍の百両じゃ! ならば、も、文句も
出まい?!」

「ええっ? 百両!? こ、こいつぁそんなに値打ちのあるモン
なんでやすかぁ! カブキモンの間抜けヅラで御座いやすぜぇ?」

「な、何を言うておるか! むぅぅ・・・見よ、この筆使い! 
下賤の身なれど誇りを持って生きる、うう・・・この者の息吹すら
感じられようぞ!」

「ほぇ〜! さすがはおでゃあかん様。さいでやすか、そこまで
おでゃあかん様に値ぇ付けて貰えりゃあ、先方さんも諦めやしょう。
姐さんも舞斎に顔向け出来まさぁ。手ぇ打ちやしょう、百両でお譲り
いたしやすよ」

「そ、そうか、では後日にな、屋敷の者に持たせて、うう・・・
それを受け取りに来させようぞ」


「へぃ! 承知いたしやした。それまでぁ皺ンなんねぇよう、
でぇじに預からせて戴きやす」












パカランッ、パカランッ、パカランッ、パカランッ・・・・


「うう・・・うぬぬ・・・なんということじゃ!」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・だ、旦那様ぁ、お待ち下されぇ!」

「ええぃ! なにをしておるか! もっと走らんか!
か、かような辱めを受けようとは思わなんだわ!
挙げ句、ひゃ、百両も・・・! くぅぅ・・・・!
ぅおのれぇ〜! あやつらめがぁああーーっ!

「旦那様! あんまりお怒りなさると! 痔に障りやす!」

「やかましいっ! ウッ・・・! い、痛い! し、尻が・・・!
うう・・・! これ、無裸松! もそっとゆっくり走れ・・・!
あああ・・・痛い! し、尻! 無裸松! もそっと・・・!」













「ぎゃあはははははあぁー!
悪でゃあかんめが! おとといきぁがれぃ!」

「わっはっはぁー! こいつぁ面白ぇや!
親分! 舞斎に貰った絵が百両で売れやしたぜ。こりゃあ明日の景気付けになりまさぁ!」

「うっひゃひゃひゃ! 見ろぃ! てめぇのケツ押さえちゃ
逃げてくざまぁよぉ!」

「ありゃあ二度たぁこの界隈へ近付かねぇでやしょ!」

「うっひっひっ! 莉奈吉ぃ、おめぇ商売ぇ人になれらぁ。
おい、舞斎に言っとけぇ! 枕絵もいいだろうけどよ、
間抜けヅラ絵でも充分飯が喰えるぞってなぁ!」








「野郎共! 御苦労だったぁ!
これでクサレ木っ端役人にぁ気兼ね要らねぇぞ!
明日ぁこの勢いで好きなだけやっちめぇ!」


「オーーーッ!」

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      恨み辛みぁ御座いやせんが 避けちゃ通れぬ勝負の掟  道具のダンビラぁ振り回し ケリをつけるが男の意気地