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「なぁ、おほの・・・・」 「はい・・・・」 「あのアマっ娘め、このオレに食って掛かりぁがった・・・」 「おまいさん・・・・あのコの気持ちはよく分かりますよ」 「本気で勝蔵に惚れちまったってぇことかい?」 「おまいさんの望んでらした通りになりましたね・・・・。 よかったですねぇ」 「けど、あいつに嫌われちまった。オレァ喜んでいいのかい? 悲しんでいいのかい・・・?」 |
「ウチの可愛い妹みたいなコじゃありませんか。そりゃ両方ですよぉ」 「そ・・・そうなんけぇ?」 「そうですとも。惚れた相手が堅気さんじゃないんですよ。その身にも覚えがありますでしょ?」 「おめぇはどうだったんでぃ?」 「あたしは信じてましたよ。おまいさんは必ず無傷で帰ってくるって。他所との喧嘩も仕事のひとつじゃありませんか。仕事行くたんび死なれたんじゃこっちがかないませんよ」 「おめぇ・・・ホントに一家のおカミだなぁ」 「あたりまえですよ。おまいさんの女房なんですからね」 |
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「なぁ、おほの・・・その・・・なんだがよぉ・・・」 「どうなさったんですか?」 「あいつぁおめぇみてぇに割り切りも出来なきゃあ 肚ァ括ることも出来ねぇんだよ。 肝っ玉もおめぇほど座っちゃいねぇしよ」 「そうですねぇ・・・そこが可愛らしくていいんですけど」 「おめぇ、しばらく屋台茶屋のてんだいに 行っちゃあくんねぇかなぁ?」 「なんですか?! あたしにあのコを見張れと?」 「い、いや、そうじゃねぇんで。 ホレ、万に一つ変な気ぃ起こさねぇとも限らねぇしよ・・・」 |
「おまいさん! あのコをもっと信じてあげて下さいましな! そんな早まった事するよなコじゃありませんよ!」 「い、いや、そうなんだが、頼む! 頼む! このとおりでぃ、 おほの! 三日・・・そう、たんだ三日でいい! このまんまじゃ オレァ気が気でねぇ、出入りどころじゃなくなっちまうんでぃ!」 「もう・・・情け無い! 美墨のなぎ次郎ともあろう人が! 分かりましたよ、一日だけ行きますよ。一日だけですよ! 出入り前の忙しい折に、女房に何日も家空けさせる親分が どこにいるんですか!」 「あ、あ、それでもいい、いちんちでもいい。 様子を見て来てくれよ。頼まぁ・・おほのぉ!」 「フゥ・・・まったく・・・・!」 |
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「・・・・女将さん、遅くなってごめんなさい」 「え、ああ・・・いいんだよ。御苦労さんだったねぇ」 ( なんだぇ、まぁ泣きはらしちゃったような顔だねぇ・・・ ) 「おひかぁ、あんたさぁ・・・・」 「・・・・はい」 「ホラ、この前誰かが言ってたようにさ、あんたの笑ってる 顔って、お客さんから評判いいんだよねー。ウチの看板だよ、 うん、看板娘だよ。帳簿見てもさ、あんた手伝ってくれてから 売上げいいんだよぉー」 「・・・・女将さん・・・」 |
「あはは・・・だ、だからさ、こいからも頼りにしちゃっていいか なーって・・・・あはは!」 「・・・女将さん・・・あたし、親分に喧嘩やめて下さいって・・・」 「あ・・・・ああ・・・・そうかい」 「親分なんて大っ嫌いって・・・・」 「・・・・そうかい、はは・・・そりゃ目ぇまん丸くしてたんじゃ ないかえ? 見たかったねぇ・・・あはは!」 「女将さん・・・あたし・・・あたし・・・・」 |
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「分かってるよ・・・・その先ゃ言わなくてもいいんだよ」 「馬鹿だね・・・このコは・・・・。思ってることそのまんま言っちゃう のはなぎ次郎親分のおはこだろ? だからあン人はそういう人を 好きなんだよ。おひかみたいなね」 「あんたの気持ちはよっく分かってるよ・・・親分もあたしもさ・・・」 「あン人のことだからさ、おひかに叱られたぁって、おほのさんに 泣き付いてるさ。今頃はおほのさん、あやすのに大変だよぉ」 「あたし、どうしたらいいか・・・」 「どうしたら? そんなの決まってるだろ、顔洗っとくれな。ウチの 看板娘が台無しじゃないかぁ。ホレホレ行っといで!」 |
「おひかぁー! おひか、いるかい?」 「あ、はい!」 「ゆうべ湯屋の帰りにおほのさんと会ってさ。昼からウチを 手伝って貰うことにしたからね」 「え? おほのさんがお店を?」 |
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「助かったよぉ。実はね、中尾屋の若旦那が骨折ってくれた 粉の仕入れ筋が来てるらしいんだよ」 「はい・・・」 「品も少し持って来てるらしいからね、見に行ってくるよ。 すまないけど、店の方頼んだよ」 「は、はい・・・!」 |
「ふぅ〜、やっぱり大変ですねぇ、お客さん相手にするのは。 あたしゃやっぱりそこへ座って食べさせて戴く方がいいですよ」 「ちょっと一休みしませんか、おひかちゃん。 腰が痛くなっちゃいましたよ」 |
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「あの・・・おほのさん・・・あたしこの前は・・・」 「ん・・・? ああ、あれね、ウチの人、とっても喜んでましたよ」 「え?」 「勝蔵親分のことですよ。ずっと思ってるんでしょ? おひかの ヤツぁどうなんだ、ちったぁ尻叩かにゃいけねぇか? なんて ことばかり言ってましたからね。おひかちゃんの気持ちを知って、 そりゃもう嬉しそうでしたよ」 「そんな・・・」 「いいじゃありませんか。男を好いてしまった女はね、 例え徳川様でも止められやしませんよ。 あたしがそうでしたからね。うふふふ・・・・」 |
「女将さん、今日はいい場所にしましたね。十月桜が こんなにきれい・・・。ウチの人はね、春桜の満開よりも こっちの方が好きなんですよ」 「・・・・・・」 「ウチの人、よく『食み出しモン』って言うでしょ? 世の中から食み出してるんですよ。職人さんお百姓さん 商い屋さん・・・どれでもないんです。元はあの人達は 人別帳に載ってない無宿人なんですよ」 「・・・・・・」 「貧しくて世間に拗ねて、自分から村を飛び出して無宿渡世 の道に入った人達ばかりなんです。不器用なんですね。 だからオレにゃこっちがぴったしだ、って言いましてね」 |
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「ご覧なさいな、春みたいにばぁっと咲きゃしないでしょ? 奥ゆかしげで、どこか申し訳なさそう・・・。でも、それでも 桜なんですよ。咲いては潔く散りますでしょ。日の本の男の 心意気をちゃんと持ってるんです」 「あの人が食み出しモンでなかったら・・・って思ったこと あるんですよ。きっと違う人だったろうって。なら、あたしは 好きになっただろうか・・・ってね」 「今の稼業で、今のあの人だから付いて行く事にしたん でしょうねぇ。勝蔵親分もおんなじですよ、きっと」 「食み出しモンで若い頃から練られて精進しなさって、 だからおひかちゃんにああいう御言葉も下さりなさるんじゃ ないでしょうかね」 |
「この桜が毎年この時期咲くようにね、あの人達にも 歩かにゃならない道があるんですよ。喧嘩もそう、 道の上にあるんです。踏んで行くしかないんですよ」 「おほのさん・・・・」 「あたし達、いえ、誰にもそれを邪魔立て出来る道理は ありません。大工さんにね、危ないから棟へ登るなって 言うのと一緒なんです」 「人はね、誰もが明日死ぬかもしれないんです。火事に なったり地震が来たり、この町なんか津波がくりゃ ひと呑みですよ。なぜ震えもせずに生きてられるかって いうと、信じてるんですよ。明日はもっといいことがある かもしれない、あの人はきっと無事に帰って来る、ってね」 |
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「ぶきっちょで品が無くて、人前で泣いたり笑ったり・・・ でもウチの人も志穂松も莉奈吉もメグ蔵も・・・ この町の人達を好きみたいですよ。 どこか堅気さん達と繋がりを持っていたいんでしょうね。 可愛らしいじゃありませんか」 「はい・・・・」 「勝蔵親分もきっとそう・・・。おひかちゃんのことを 忘れられないでいますよ」 「はい・・・・!」 |
「勝蔵親分もあんなお人ですけど、やっぱりどこか世間様と 繋がってる筈ですよ。磐梯屋さんで近頃売ってるフンドシ 代わりのぷりくわぱんつとかいうの、案外お穿きなさってる かもしれませんよぉ。おっほっほっほ・・・!」 「え〜! そんなぁ・・・、やだぁ、おほのさん!」 「おっほっほっほっほ・・・・!」 「きゃはははは・・・!」 |
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