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「その日もお夏ちゃん、お京ちゃんと一緒に歌舞伎見物に
行きましてね、
芝居小屋で別れて一人帰る途中だったんですよ」








「高い処にあの久川佐渡十郎が立っててあたしを見下ろしてるじゃありませんか。
ええ、そりゃもうびっくりしますよ。さっきまで舞台演ってた役者がこんな処で何をしているのかと
思いましてね」








「いきなり襲ってきたんですよ。もうあの時の怖さといったら今でも身震いしますよ。
目付きが尋常じゃありませんでね、ニタニタ笑って気色悪いったらそりゃもう・・・!」

「そいつぁいけねぇ、誰か人を呼びなすったんでやしょ?」

「晩餉の支度時でしたし、悪いことに誰も道を歩いてやしないんですよ」

「野郎め、おほのに目ェ付けてからその辺の下調べしてやがったんでぃ」








「とにかく誰かいないものかと走って逃げましてね。ウチも遠いし番所も遠いし、
知らない家でもいいから飛び込んで助けて貰おうとしたんですけどね、
門構えの大きなお屋敷が並んでまして、飛び込める造りじゃないんですよ。
ですからもう、只々走って逃げまして」

「美墨の、おめぇさんはその頃どうしてたんで?」

「もうけぇってるだろうと家を訪ねたらけぇってねぇのさ。
こりゃあ何かあったかもしんねぇと捜し始めてよ」








「走っても女の足じゃすぐに追い付かれてしまいますでしょ。更地に屋敷を建ててる処に
行き当たりましてね。この丁場なら力の強い男衆がいるかもしれないと、中へ逃げ込み
ましてね。けどもう仕事終いの刻で誰もいなかったんですよ」

「心細かったでやしょうねぇ」

「いえ、こうなったら自分でなんとかしなけりゃと開き直りましてね」








「睨み付けてやったんですよ。木戸銭払ってこんな下衆男を観に行ってたのかと思うと
自分にも腹が立ちましてね」

「おほのはヨタ公を叱り飛ばすぐれぇだからよ、気丈なヤツでなぁ」

「ええそうですとも。あの塗り壁の横っ面をひっぱたいてやろうとしたんですよ」








「そしたら逆に突き飛ばされましてね。後で考えたら男の力に勝てる訳無いんですよ。
オッホッホッホ・・・」

「い、いや、カミさん、笑ってる場合じゃ御座いやせんぜ」

「倒れたところが砂置き場だったものですからね、痛くも痒くもありませんでしたよ」











「恐ろしかぁなかったんですかい?
相手ぁ手籠めにしようとしてるんですぜ」

「そりゃあ怖いですよ〜勝蔵親分。
女の力の無さが情け無かったですよ。
でもねぇ、いざとなったら舌噛んでやると肚を括りましたしね、
その前に近付いてきたらこの砂を目潰しにぶつけて
おもいきり口に詰め込んでやると構えてましたよ」

「砂を・・・! そりゃいい!」








「その時でしたよ、ウチの人が飛び込んで来てくれましてね」

「よかったでやすねぇ」

「ええ、もう、『てめぇこのヤロー!』っていうあの声聞いた
時には、世の中がぱぁっと明るくなりましてね。
ああ助かったんだと、ぼろぼろって涙が出たんですよ」

「怖ぇ中で無理矢理気を張りなさってたんでやすね」

「見りゃあ今にも飛び掛かられそうな危ねぇとこじゃねぇか、
冷や汗モンだったんだぜぇ」

「恰好良かったですよ、頼もしくって。ああこの人はどこの
役者よりも華がある、日の本一の男だと思いましてね・・・
ウフフ・・・」








「おらぁトサカにきちまってよ、『てめぇは人間じゃねぇ!』ってんでぶった斬ろうとしたのよ。
弓五郎親分の顔に泥塗りやがってシマ内を荒らしぁがったんだしな。
そしたらよ、こいつが斬らねぇでくれ殺さねぇでくれって縋り付きやがってよ」

「お優しいお慈悲でやすね」

「この人は極道モンですけど、無体な人殺しさせる訳にゃいきませんでしょ。
あたしも無事で助かったんですし」

「で、そいつをどうしたんで?」









「腹の虫ァ治まんねぇんだけどよ、おほのの頼みとあっちゃあ
しょうがねぇやな。河原でさんざぶっ叩いたあと簀巻にして
川へ放り込んでやったさ。下手で土左衛門が上がったってえ
噂も無かったんで、くたばっちゃあいねぇだろうよ」

「そうかい、悪運の強ェ野郎だ。だがよ、ここは海辺の町だ、
ひょっとするってぇと、海まで流れて魚に喰われちまった
かもしれねぇぜ」


「うわっはっはぁ! 永沢の、もしそうならよ、
とうの昔にその魚を喰ったオレの腹ン中だわぁな」








「弓五郎親分、さぞやお怒りになったろう」

「そうともよ。堅気衆相手にあれだけ怒った親分は初めて見たぜ。
話ィ聞くなりその足で楽屋へ乗り込んでってな、おとしめぇつけろってんでえれぇ剣幕よ。
木戸銭の取り分は勿論、衣装から湯飲み茶碗までそっくり差し出しちゃあ平謝りの座長も気の毒よ」

「親分はその後こいつの家へ詫びに行ってよ。一座が差し出した木戸銭そっくりそのまんま置いてったのさ。
こいつの婆さんが面食らっちまってよぉ」

「大変だったですよ。いきなり大枚山積みされてウチの婆様はオロオロするばかりでしてね。
なにせあの中川の大親分が三和土へ土下座なさってんですから。仕方ないから一旦戴いた事にしましてね、
神社の普請に寄贈させて貰ったんですよ」





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      恨み辛みぁ御座いやせんが 避けちゃ通れぬ勝負の掟  道具のダンビラぁ振り回し ケリをつけるが男の意気地