第四幕  惚気






「あの頃ァ先代の傘の下、喧嘩が好きでよぉ、
出入りと聞きゃあ真っ先に飛び出してったもんさ」


「そうだったな、若ぇ頃から美墨のなぎ次郎ってゃあ
御高倶山でも知らねぇモンはいなかった。
ヤツの相手するにゃ昼めぇか晩飯めぇでねぇと
てんで歯が立たねぇ、とにかく腹ぁ減ってそうな時で
ねぇとしょうがねぇぞ、なんて言ってたもんさ」










「こいつぁ大店の一人娘でよ、なかなかの器量良し
だったんだが、ちと癖のある娘っこでな。人様を
見りゃあ妙な講釈を垂れやがんのよ。町じゃあ
『講釈おほの』ってんで、ありゃあ馬鹿なのか
賢ぇのか判んねぇぞなんて言われてたな。
オレにとっちゃどうでもいいことだったんだが、
出くわす度にけったいな娘だと思っちゃあいたさ」












「ある時、オラァお役人にお咎め
受けちまいそうになってなぁ。オレも
ダンビラ振り回すしか能のねぇ男だで、
小難しいこたぁ解らねぇから悪ぃんだ
けどよ。
丁度そん時こいつが居合わせてて
よぉ、一部始終を見てたらしいんだな」








「そりゃあおかしいってんでお役人に食って掛かってな、持ちめぇの講釈一発でお役人をへこまし
ちまったのよ。いや、おでれぇたのなんの。今思やぁその気っ風にそん時イカレちまったんだろう
けどよ」

「へぇ〜、そいつぁてぇしたモンだ。お役人相手に啖呵切ろうなんてぇのは男でも出来る奴ぁ
そうそういやせんぜ。見てみてぇもんで御座いやすね」

「よして下さいな勝蔵親分。おまいさんもそんな話、恥ずかしいじゃありませんか」








「それでな、礼を言い損ねちまったんで訪ねて行ったらよ、こいつぁ何してたと思う? 
またおでれぇたねぇ。妙ちくりんな舶来ぇの道具でよ、飴をこさえてやがんだぜ。
なんかこう、えれぇ湯気の出るヤツでな、飴汁ドボドボ入れてもちっちぇえ粒一個しか
出来ねぇんだ。終ぇにゃ道具が破裂しちまうしよ」

「ほう・・・カミさんは平賀のげんねぇ先生みてぇでやすね」

「あらまぁ、勝蔵親分は源内先生のこと御存知なんですか。
立派な御方だったとあたしも聞いてます」










「おめぇこんなんじゃ飴売り商売にゃなんねぇだろう
って言ったんだがよ、エヘラエヘラ笑ってやんだ。
めぇっちまうよなぁ。
それがまたガキみてぇにあどけねぇんだ」

「はっはっ・・・・」

「おまいさん、言っときますけどね、
あたしぁ飴売りになりたかったんじゃありませんよ!」































「こいつぁ面白ぇからなんとか口説き落としてモノにしてやろうってんで、上手ぇこと言って連れ出したのよ。
けどよ、素っ惚けたようなヤツだもんで何考ぇてやがんのかさっぱり解らねぇのさ。
ほっときゃいいのに、ふらつきヨタ公共に腹ァ立てて怒っちまったりよぉ。口説くどころじゃねぇやな」


「あんな人達をそのままにしておくからよかないんですよ! きちんと叱ってあげる人がいないんですよ。
先代とおまいさんでかなり少なくはしてくれてますけどね」








「それでまぁ機嫌直しに旨ぇモンでも喰わしてやろうってんでここへ連れてきた訳よ」

「あの頃はおひかちゃんもまだいなくって、女将さん一人で小さくやってましてね。可愛らしい屋台で、
こういう腰掛けもありませんで、杉野十平次の蕎麦屋みたいだったですよ。おっほっほ・・・」

「このオレが大店の娘っこ連れてきたんで女将のヤツぁ驚きぁがってな」

「近くの縁台を借りて食べましてね。ええ、美味しかったですよ。
あの頃からちっとも味は変わってやしませんよ」


「ヘェ・・・そいじゃここの女将さんもその頃から比べりゃあたんと儲けなすったんだろう。
なにせこの屋台構えだ、銭ァかかってるぜ、こいつぁ」


「若ぇ頃から世話んなってる手前、オレも目ェ掛けてきたしな。梨の仕入れてんだいもやったしよ、
信州まで屋台引っ張ってった事もあらぁ。祭の夜店といやぁオレの息で一番いいとこくれてやるしな、
ここでも夜店でもこの女将からぁ一銭もショバ代貰っちゃいねぇのよ」


「毎日少しずつおまけの大盛りを出してくれればいいって言うんですよ、ウチの人」








「おめぇもあの頃ァ可愛かったよなぁ。こんなちっちぇえおちょぼ口でよ、ぽそぽそって喰ったりしてよ」

「あんなみっともない軽業食いするのはおまいさんだけですよ」








「それからぁちょいちょい二人で出歩くようにはなったのよ。けどなぁ、なかなかオチねぇんだ、これが」

「あれま、あたしゃ楽しかったですよ、おまいさん」










「そんな折によ、先代が芝居小屋おっ建てて興行打ったのよ」

「ほ〜、先代と言やぁ中川の弓五郎親分だな。皆の衆が喜ぶ芝居小屋たぁいかにも仏の赤手拭いだ。
『仏』と言われたぐれぇで、えれぇ気の利いた親分さんだったそうじゃねぇかい。町の衆も喜んだろう」

「そうともよ、永沢の。これが大当たりでさぁ。押すな押すなの大賑わいたぁこのこった。先代は商ぇも
上手なお人だったぜぇ。見る見る山のような木戸銭でぃ。一座の座長も大喜びさや」

「ショバ代は七分かい、八分かい?」

「なんの、四分六の四しか取らねぇ。そこが『仏』様よ。旅芸の衆から慕われたンも無理ぁねぇ。
そン代わり演目にゃうるさかったけどな。まぁそれも人を集めるツボを知ってなすったからだろうなぁ」








「で、目玉にしたなぁ色男を使った田舎歌舞伎さ」

「田舎芝居なら御高倶山でもたまにやらせるが、田舎歌舞伎たぁいってぇどんなもんで?」

「なぁに、花のお江戸たぁ違うとんでもねぇまげぇものさな。辺路寝湊から出たこたねぇ町の衆にゃ分かりゃ
しねえ。それよかそれらしい真似事をよ、女共がめぇっちまうような色男にやらせるのが肝心よ。
流し目たぁんと使わせてな」

「なぁる、歌舞伎そのもなぁ二の次で、いい男で女客を喜ばせるってぇ算段かい」

「そうさよ! ところがこいつが大ウケだ。芝居小屋の呼び込み太鼓が鳴りゃあ女共ぁ赤子放っぽり出しても
そこらにいなくなっちまう。今更ながら弓五郎親分はてぇしたお人だったなぁ」








「それじゃぁ、カミさんもその頃ァ田舎歌舞伎に通いなすったんで?」

「ええ、ええ、行きましたとも。楽しみでしたよ。幼馴染みのお夏ちゃんやお京ちゃんと一緒に
よく通ったものでした。大概あの二人は途中で寝ちゃってましたけどね」








「だがよ、ここでとんでもねぇ事が起こっちまったんでぃ」

「ほう、芝居小屋に火付けでもされたのかい?」

「いやいや、妙な噂がオレっち耳にへぇってよ」

「ほぉ、妙な噂・・・?」

「花形役者の久川佐渡十郎ってぇのがどうにも女手癖がわりぃってんだ」

「そりゃまた・・・色男なら女衆など選り取り見取りで不自由はしねぇだろうがね」








 
「考ぇてみてくんな、永沢の。まいんち腐るほどの女衆が押し掛けんだぜ。中にゃ婆さんも後家さんもいなさる
だろうけどよ、たいげぇは若ぇ娘っコばかりだ。ちったぁ御相伴に与ったってバチぁ当たるめぇと助平根性が
出てもおかしかねぇぜ」

「そりゃま、そうかもしんねぇ」

「もう大変だったんですよ〜」

「え? カミさんが口説かれちまったんですかい?」

「そんな生やさしいモンじゃねぇんだ。ヤツの手口ァいきなり力ずくで手籠めにしちまうのよ」

「ほぉ、そいつぁとんでもねぇ野郎だ」

「そうさよ。あの下衆野郎、舞台の上からおほのに目ェ付けやがったんでぃ」

「そりゃあ、てぇへんなことでやしたね」





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