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色付いたお山

 お山が美しい。四季のある環境は贅沢だろうか。肌寒い大気温になってきたものの、お山の色にしばし見入り、佇んでしまう。山道をクルマで走ると枯葉絨毯の上を転がすことになる。なんとなく勿体無い気がして、静かに走らせる。
 常緑も悪くはないが、落葉樹を好きである。周囲一面を満たす枯葉を踏みしめると、こいつらも共に一年を繰り返し繰り返し生きているのだという実感を得るからだ。

 貴公は顔に似合わず詩人ではあるな、と大先輩の一人に言われたのを想い出す。この道に舞い落ちた枯葉はクルマが通る度に脇に寄せられ、側溝に入る。雨が降れば尚更側溝に流れ込み、雨水を詰まらせる。それを人々は掃除しなければならない、とおっしゃる。
 いやいや、それでも太古の昔から人は秋の落ち葉と共に暮らしてきたのですから、いいではありませんか。最近では滅多に焚き火などさせては貰えないけど、落ち葉は火燃しにも重宝でしたしね、などと言いながらその人を見れば、腕組みの手を外して腰の後ろを叩き、しかしな、いずれ貴公も解るだろうが、歳を喰ってくると溝の掃除も腰が痛いんだぞ、と笑った。

 時告げ砦のラッパ吹きではないが、お山の色は確実に季節を告げてくる。毎年この時季、お前達の冬支度は順調なのかい? 何か忘れちゃあいねぇのかい? とでも訊いているようである。クマもシシもそりゃあ困ってンだぜ、とでも言いたげに思えるのは今年ならではの特徴か。