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ヨスガノソラ 叉依姫の舞い

 この娘、ますますあの女に似てきおるわ・・・。 まさに射殺す視線である。顔を合わせる度にこの抜き身の刃の如き視線を受けるのでは瑛も辛い。

$FILE1_l 御登場した一葉のお母様。 旦那様のお手つき女、そしてその子を許せる筈もない。認知など以ての外、近くで生かしておいてやるだけでもありがたいと思え、といったところ。 取り付く島がないとはこの事で、一葉がどう頼もうが哀願しようが、許せぬものは許せぬのだ。外で胎ませて生まれたその子の処遇について、御台様と将軍様の間ではたして話し合いがもたれたのかどうかさえ怪しい。おそらく旦那が勝手に裏から援助しており、女房殿はそれを見て見ぬふりな状況なのだろう。

 実際、伊福部商店のやひろがいなければ瑛はどうなっていたか分からない。企業内のドロドロした人間模様に世の汚さを思い知らされ、大人達の身勝手に振り回されそうな瑛を見捨ててはおけなかったやひろであるならば、それは世の小狡い連中に対する自分なりの反抗でもあろう。それまでの蓄えも退職金も全て注ぎ込んでまで自分が瑛を守ると決め込んだ肚は、無情で殺伐な世に向けたささやかな宣戦布告であったと思われる。

$FILE2_r 田舎者の馬鹿な負け犬女がなにを意地張る、と冷視もされよう。だが、そのような意地こそが今現在の我が国に最も欠如している部分ではなかろうか。長いものに巻かれろ、寄らば大樹の陰。そういう性根が一億総公務員とでも言える御覧の通りな腑抜け国家に堕としめてしまった気がしてならぬ。仕事はしたくない、給料上げよ、休みを増やせ。やっている事は他人様の力に縋り、末永くぶら下がっていられる画策と、懸命な我が身の保身だけではないか。
 世に拗ねてやさぐれたかのようなやひろの生き様はある面痛快だ。なかなか出来る行為ではないが、度が過ぎるほど己に正直な姿がそこにあろう。
 
 岩下志麻に夜叉女を演じさせたかの如き一葉の母親なれば、第4話のように一葉とナニの関係になってしまったハル君は肚を括らねばなるまい。後は知りませんよ、ひと夏の戯れです、なんてことを言おうものならその場で打ち首か火炙りだ。幸いにも第5話以降は多元宇宙論・パラレルワールドのおかげでこの恐ろしい大奥様に睨まれることはないだろう。
 しかし、今度は 「叉依姫様」 がはたしてお赦しになるかどうか。これは伝説神だけに、どこへ逃げようとも逃れられるものではない。

$FILE3_l 何年か前に土砂崩れで姿を消したその場所に幼い日の落とし物がある筈だと、あてもなく辺りを掘り始める愚かさも、美形の王子様のなさる事なら少女の胸を激しく貫く恋の火矢となるのだろうか。盲目である。惚れてしまえば盲目なのである。
 数年前、この草むらにコンタクトレンズ落としてしまいましたの、という旧知の麗しき美女がいたとして、それはお困りで御座りますな、拙者がお探し致そう、とばかりこの私があてもなく雑草を掻き分け始めたとしても、アンタ馬鹿ァ? とかいうどこかで聞いたような罵りを受けるか、尻を蹴飛ばされるのが関の山で、涙浮かべて 「大好きっ」 なんて絶対に言って貰えそうでない。

 初回のスーパー大木奈で瑛がハル君を目にとめた際、既に王子様出現の喜びがある。憎からずの男の子が戻ってきたのだ。嬉しくない筈がなく、我が身上を振り返れば心強くもあっただろう。
 彼女が日々努めて明るく振る舞い、一葉やハル君に抱き付くのは、それまでの短い人生がそうさせている。言い換えれば、彼女が社会の人々の中で生きてゆくにそれが最良と判断したか、そうあるしか術がなかったということだ。 故に、未知への接触にしても 「おずおずと」 ではなく、ある種の潔さがそこに見て取れる。

 二人で小川に落ちてしまった。これは風呂に入るしかないのだろうなと思っていればその通りで、ハル君は瑛の裸でも覗き見してしまうのかと想像すればあにはからんや、王子様の入浴中へ瑛の方から入っていくではないか。なんということだ。けしからん、実にけしからん。ひょいと跳んだ刹那にお尻のパンツ見せ見せとなるのは仕方ないにせよ、潔さはこういう風に使ってはいかん、と喚いても我が声届かず、四角い家電の画面に唾が降り掛かるのみ。物語は我が切望などどこ吹く風で悠々と熱き場面に向け進んでゆく。
 湯船の中でナニがナニしてどうしたのか知らないが、のぼせた挙げ句、今更叉依姫様に罰当たり行為の赦しを請うても遅いわいと憤慨する中、「シアワセ」 なんていうセリフを聞かされたのでは少々頭に血が上る。お前達はなんと罰当たりなのか。

$FILE4_r が、しかしその高血圧も 「叉依姫の舞い」 に消し飛ばされる。清き楚たる美しさ。これぞ神に捧げ奉る巫女の舞い。 見入る。ただ見入る。 神の湖水に身を浸し、禊ぎを為せば神への純潔、これ背くにあらずか。 鳴り物はあるものの、満ちる静けさの空気。 緩やかな動きの中に、映えるは伝説の叉依姫の願いであるのか。