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妹に魅せられて

 絶対的時間軸に事象が幽玄的とも夢物語的とも言える絡み方で織りなされるこの作品に於いて、空の境界第六章は学園内という閉鎖領域を背景とした事件解明が主たる内容で、見ている側にいささかの肩の軽さが感じられもする。
 言うまでもなく全寮制クリスチャン女学院、その廃校舎、などとくれば 「魔術」 には願ってもない背景があつらえられており、各シーンに被せられる梶浦節が、さながら水を得た魚の如く活力を持って縦横無尽に躍動するかに聞こえるのも、単にこの自分の趣味趣向だけではなかろうと思われる。 宗教音楽テイストを得意とする梶浦由記の音が最も梶浦らしく聞ける事は間違いない。

ファイル 361-1.jpg 黒桐幹也の妹、この章の主役でもある黒桐鮮花だが、彼女の好む好まざるに関わらず両儀式が学院内に生徒として潜入してくる。 式の語り口調が姉様のようになり、時にからかいもするのは、この黒桐鮮花という幹也の妹、蒼崎橙子を師匠とし、両儀式その人を恋敵とする魔術師見習いの16歳が可愛らしいからに他ならない。

 実際、可憐な少女で、実の兄を異性として慕っている。 近親相姦までには繋がらないにせよ気色の良い話ではない。 だが、この娘の純粋な思いが恥ずかしげもなく表に出されているため汚らしくも淫らでもない。 むしろ 「禁断の恋」 であっさり片付けられそうな清涼感が漂う。 なにせ、寮の自室ではウサギさんスリッパを愛用しているような少女なのだ。
 遠ざかれば自分を異性として見てくれるかもしれない、などという望み薄き願いから全寮制学院に籍を置き、火炎を扱う魔術や格闘技なども両儀式と対等な恋のライバルになりたいがために精進に励んだものだ。 それほどの情熱、実の兄貴ではない他の男に向けてはどうなのだと言いたくもなるが、こればかりはしょうがない。 色恋沙汰に首縄は付け難い。

ファイル 361-2.jpg 己に正直な娘である。 それ故、芝居のつもりで振る舞おうがトボけようが、全て見え見えであるところがなんとも可愛らしい。 式に 「変態」 だとからかわれてイジける辺り、こんな妹なら惚れられてみたいものだと思わせる。 それに引き替えウチの妹は・・・などと世の兄様達は嘆くだろうか。 だが一般的なそれが普通、ノーマルな兄妹だと認識すべきで、このような“天使" はまずいないのが我等が現実というものである。

 生来、禁忌なものを好む性分だと鮮花は式に語る。 では、いけない事をしたがる娘なのかと、周囲の大人達がこれを聞いたなら短絡的配慮に陥り、心配なことこの上なかろう。 因みに、ユダヤの戒律には禁忌とされる行いが365あるそうだ。 禁忌を好む黒桐鮮花なら涎を垂らして飛び付くだろうか? その世界に飛び込めば四方八方禁忌だらけで、それを犯し続ける快楽の日々が送れそうではないか。 しかし逆に、なさねばならぬ義務が248あるらしいから、その点では彼女が敬虔なユダヤの民でなくて幸いだったと言うべきだろう。


ファイル 361-3.jpg ここは廃校舎の講堂だった場所か、大講義室なのか。 「よくってよ、よくってよ・・・・黒桐さん!」 の黄路美沙夜生徒会長とのバトルはクライマックスの見せ場である。 黄路先輩が自分の左右に使い魔妖精を壁状に従えている情景は、そのまま「Fate」 のギルガメッシュだろう。 エンディングテロップを見るまで、この声がフェイト・テスタロッサの人だとは知らなかった。
 声といえば、黒桐鮮花の可愛らしさが絵とマッチして気に入ってしまう藤村歩はあのセシリー・キャンベル。 16歳の乙女らしくもあり、バトルのハイテンションでは果敢で凛々しい。 声で商売している人々というのはさすがにそれだけのことはあるものだと、改めて感心してしまう。 「よくってよ」 の黄路先輩から 「恋の抑止力」 の強烈ビートな歌声は到底想像できない。

 HiMEの 「目覚め」、乙HiMEの 「宿敵」 であるとか NOIRの 「salva nos」 など梶浦由記によるバトルサウンドは、弦によるその旋律自体が大変甘くせつなく、4拍バスドラのリズムに心臓の鼓動が同調してしまう。 この空の境界第六章のそれも然り、且つ顕著。 リズムそのものは戦闘場面の正道であるかもしれない。 佐橋俊彦によるシムーン空中戦に見るタンゴを使ったユニークさなどはむしろ希少な価値として意義がありそうだ。
 ワルツやらタンゴの好きな身にはあのシムーンのOSTは傑作だったが、ワルツといえば、この黒桐鮮花もカセットプレーヤで聴いていたのがワルツ。 クリスチャン女学院らしく、それはそれは 「よくってよ」 的な舞踏会円舞曲である。

ファイル 361-4.jpg 大層せつないメロとバスドラのリズムが、躍動するこの少女に魅入らせる。 元々アクションシーンの激烈な動きが定評のシリーズ映画作品ではあるが、看板と世間評に偽りはない。 ミサイルのように襲い来る黄路美沙夜の使い妖精をバシバシ叩き落とす動きもさることながら、その黄路先輩を救うべく座席の背もたれトップを跳んで駆ける凄まじさは見事な動画ではなかろうか。 我等が愛すべき “妹" は可愛いけれど、なんともいえぬ精悍なカッコ良さがある。



 このシーン、気付けば涙が出ている。 これは何か? よく分からないが、学生ラグビーの決勝戦前に気合いを入れながら泣いている大男共の感情、その昂ぶりに近いような気がする。 キャラとBGMの完全な虜となっている己がそこにある。
 まったく、声優が化け物ならば、梶浦由記のようなミュージシャン、怪物である。

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