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ガリと赤毛

 この夏は 「客人」 が自分の目の前に頻繁にやってきた。 客人と言っても 「人」 ではない。 界隈に巣くうアライグマだ。

 真っ昼間、農園で摘採作業をしていると脚立の下から自分を見上げている視線に気付く。 子犬のようにこの自分を見上げているのだ。 なんちゅう大胆不敵な侵入者だ。
 なんだおめぇはよ・・・! 返事する筈も無し。 おめぇだな、この前ウチのトマト喰ってキュウリ囓りやがったなぁ! もちろん無言である。 で、なにかい、この前はごっつぁんとでもいいにきたのけぇ? とんでもねぇ野郎だ。

 おめぇに喰われちまったもなぁしょうがねぇんだけどよ、おめぇ、盗っ人の喰い方にも礼儀ってモンがあってもよ、いいんじゃねぇかい? 作業の手を止めて毒突いてやったが逃げる気配でない。 犬っころみたいにウロウロしながら立ち去ろうとしない。 ふてぶてしく見えて腹が立ってきた。

 おめぇよ、なんでぇ、あの喰い方ぁよ。 トマトの青いヤツぁひと囓りで放っちまってやがるし、キュウリもそうじゃねぇか。 熟れたヤツだけ盗んで喰やぁいいじゃねぇかい。 スイカならきれぇな穴開けくさって、中身だけさじで掬ったみてぇに喰いやがんのによ! おめぇらみてえな他所モン盗っ人にゃ、日の本の盗っ人美学ってモンがねぇんだ、チキショーめ! 自分でもよく訳の解らん事をまくし立ててやったら、ようやく山の中へのそのそと去って行った。 ろくな食い物もないのだろう、けっこう痩せて見えた。 痩せた野郎だ、おめぇは 「ガリ」 って名前にしてやる。

 喰うものも無いのか、そりゃま、そうだろうな。 そう思うと、痩せたシルエットと何かを懇願する子犬のような眼差しが少々気の毒にも思える。 近所の婆さんが言っていたのを想い出す。 そりゃおまえさん、アレと目を合わせたらなんだか可愛らしくて、棒っきれ振り上げて追い払う気にもならんよ・・・・。 あの婆さんじゃそうかもしれんなと苦笑する。

 ある日の夕方、ヒグラシの鳴き声を肴に庭先でビールを呷っていると、今度は庭先にやってきた。 別のヤツだ。 毛がかなり赤っぽいので 「赤毛」 という名前をくれてやることにした。 こいつも人様の顔を覗いてやがる。 どうにも、こいつの来訪は行動パターンで、日課らしい。 お隣の畑から我が家の庭先の畑へと巡回するようだ。 で、ついでに興に任せて庭を堂々と横切って行ったりする。

 暫く経って、農園に再び 「ガリ」 が姿を見せた。 こいつはいつも真っ昼間にやってくる。 こちらはひと休みして冷えたオレンジを喰っているところだった。 おめぇにゃやんねぇよ、クセになるからな。 そう言って、ヤツの目の前で美味そうに喰ってやった。 ざまあみやがれぃ。
 おめぇもな、不憫な身の上なんだろうけどよ、生きるってこたぁてぇへんなんだからよ、カラスの卵盗むとかよ、ヘビ取っ掴まえて喰うとかよ、雨上がりにゃ沢ガニもうじゃうじゃおるしな、ちったぁアタマ使って生きてけよ。 世の中ぁ甘かぁねえぜ。 人間様も、いつまでも盗まれ放題にしちゃあおかねぇんだぜ。

 こちらの言ってる事など解るわけもない。 きょとんと聞いていたが、やがて後ろ足で耳の後をバリバリ掻き始めた。 そして大あくびしやがる。 まるでネコじゃないか。 こちらが無類のネコ好きと知っての新戦術かい? こりゃあ確かに叩き殺す気にはならんな。