記事一覧

あひょひゃひゃ

 夜になっても天気は良くないし、妙に生暖かくて清々しないからビールでも飲んでかましてやろうと、冷蔵庫にあった安物肉を焼いた。 他に何もないので生キャベツに食卓塩をパラパラ降りかけ、パリパリ囓りながら焼き肉を食っていると、突如、口の中がゴロリとなった。 奥歯の被せものが外れてしまったのだ。 これはかなわん。

 晩酌ビールどころでない。 おまけに被せものを支えていたクレーターの縁が一箇所欠損したらしく、そこが槍ヶ岳の如くとんがりやがって、舌に触れては激しく痛い。 なんてこった。 クレーター出現と共に凶器の剣が峰が口の中に聳え立ってしまったのだ。
 なるべく舌をそちらの方にやらないようにして、しょうがないから明日の朝に歯医者へ行こうと、食いかけの肉を苦々しく眺めていると電話が鳴った。 舌を動かせばそこに触れて痛いので、まともな発声になりはしない。 何か喋ろうとすれば 「あひょひゃひゃひょほ・・・・・」 なんてことになって、これはもう日本語ではない。 面倒だから電話を切った。 するとまたかかってくる。 「はぁひひゃひひえ、ははほんほ・・・・」 なんて涙ぐましく発声して切断した。

 あの馬鹿、萌えアニメばっか見てやがるからとうとうイカれちまいぁがった、などと相手は思ってることだろう。 チクショーめ、なんて災難だ、面白くもねぇ。 みみっちい我がプライドもズタボロである。 それにしても、ゴクリとやる度に舌が触れて痛いのなんの、うかうか唾も飲み込めない。
 のこのことコンビニまでガムを買いに行き、クチャクチャ噛んだガムを剣が峰の上に被せておくことにした。 おお、これならなんとか舌ベラが傷付かないで済みそうだ。

 朝になって歯医者へ行ったら嘘のように楽になった。 こういうものが外れてしまった場合、間髪入れずすぐ歯科医に来たのは、あなた、正解ですよ、放っておくといけません、この際こちらの悪い箇所も治療しておきましょうと言われ、しばらく通わにゃならんが、舌をどこへ動かしても痛くないという自由のありがたさが身に浸みた魔の一夜・・・・。