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眺望

 春の寒いのと秋の腹減りはこたえる・・・、随分と前に他界した私の祖母さんが言っていたことだ。 春は名のみの風の寒さや、の通り、やれやれちったぁ暖かくなるだろうと一息吐いて、その身が春モードに変わり始めた頃の寒さは想定外に身に浸みるというのだ。 秋は秋で、収穫の季節でもあり冬に備える支度も多く、忙しい。 徐々に気温の下がっていく中、急がねばならん仕事も多く、そこでの空腹は実にこたえるものだと。

 展望の利く場所はさすがに風が冷たい。 しかし真冬の刺すようなものではない。 春らしい霞がかった眺望だ。 ポカポカ陽気に恵まれて春の施肥を終え、気分任せに見晴らしのいい山へクルマを走らせた。 所々、山腹からの浸みだし水が路面を凍らせているものの、なにせ快晴の天気にそれも苦にならない。
 なんだかよく解らないが、こういういい天気に暇な時間が出来ると高いところに登りたくなる。 山岳信仰や登山趣味や行者修行の真似事などとはまるで無縁で、ただ高く見晴らし良い所に行きたくなるのだ。 どうも馬鹿と煙はなんとやらで、その類に違いない。 先頃完成した東京スカイツリーに登りたがる人々もこの自分と似たようなものではないのか。

 昔の戦国武将達は天守閣からの眺望にどのようなひとときを過ごしたのだろうか。 野心と戦略の目で眺めただろうか。 自分もここまでの城を持ったのだとご満悦だっただろうか。 見張り条件や敵からの防御条件などによって高台に構築された城は多い。 雲海を下に望む城跡まである。 水や兵糧を担ぎ上げるだけでも大変だっただろう。
 松本城の天守に上がったのを想い出す。 さすがに国宝、石落としにしても床にしても年代を感じさせた。 なるほどなと感じたのは天守に上がるまでの極度に狭い階段や通路だ。 これでは刀を振り回せない。 また長尺ものを手にして登るのも難儀しそうだ。 身動き取れぬ階段で上から槍を突き刺されたのでは防ぎようがない。 そんなところに感心しながら上がった天守からの眺めはたしか5月。 このように頬にちょいと冷たい風の当たる快晴の日だった。