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卜伝

 数日前の雨以降、めっきり涼しくなった。 ようやく長袖のシャツが程良い。

 涼しくなる前のある日、畑の近くの沢付近で一匹のカエルがシマヘビにロックオンされていた。 ああ、こりゃあ絶体絶命だわな、かえぇそうによ、ヘビに睨まれたカエルたぁ、よく言ったもんだわ。 成り行きを見守りながらそう思った。
 ところが、アタックと当時にカエルが跳ねて逃げた。 絶妙の間合いだ。 み、見事なり・・・・!  思わず呟いた。 静止状態から瞬時に跳ぶ瞬発力、間合いの計り合いでカエルが勝った。

 ヘビというやつは飛び掛かりに一度失敗するとザマはない。 体勢を整え直すに多少なりとも時間を要する。 その間に連続ジャンプのカエルは遙か彼方を跳んで行く。 おのれチクショー、待たんかコラァ!  諦め悪くクネクネ地を這って追って行くも、追い付ける筈もなし。なんちゅう鈍臭いやつだ、おめぇはよ、一族の間でも落ちこぼれじゃねぇのか。 草むらに消えていくヘビの尻尾を少し哀れみの目で見た。


 BS時代劇の 「塚原卜伝」 が始まった。 こういうのを好きだ。 幼少の頃のチャンバラごっこに似た胸の高揚がある。 小山ゆうの 「あずみ」 を読み始めた頃の面白さに近いものか。 剣豪の物語故に、芝居がかった大袈裟な殺陣でない。 返す刃で短くトンッと内股を斬るなんぞは素晴らしい。 「七人の侍」 で凄腕の久蔵を演じた宮口精二の姿をちょっと想い出す。 それの米国版でジェームス・コバーンがナイフ投げを演じて人気を博した。 川添珠姫の突き技も同様。 これみな静から動に変わる瞬時の凄味だ。

 このNHKによる若き日の卜伝、小田原で変則の相手と戦う。 カエルのように這い蹲り、跳んで攻撃してくる。 一世を風靡した世界チャンピオン・輪島功一のようなものだ。 苦戦するも勝利を収めるのだが、これがもし、あの日のカエルのように跳んで逃げて行く相手であったなら、卜伝は倒せただろうか。 畑の情景を脳裏に浮かべ、とりとめもない空想に馳せる。 まったく、卜伝もいい迷惑だ。