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それぞれの秋

 雑貨屋のオバサンの店にピーナッツを買いに行った。あまりめぼしい物のない店だが、ここで扱っている殻付きピーナッツは小ぶりながら国産表示で味も香りもそれなりにいいのだ。中国産のは安くて豆がデカイものの味が悪く、煎り方が違うのか、あの独特の香りもない。

 この店ではタバコも売っている。そのタバコ陳列棚の前に初老の男が二人、丸椅子に腰掛けて店のオバサンと談笑しつつ缶コーヒーを飲んでいた。話を聞いていると、タバコ値上げの愚痴らしい。例に漏れず、先月末にはこの店でも値上げ前の駆け込みまとめ買いで大わらわだったらしい。月が明ければあの騒動が嘘のようで、今ではカートンで買う客などまだ一人も現れないそうである。

 オレはこの際タバコをやめた、と一人の男が言う。 ケッ、いつまでもつか見ものだわい、と相方が突っ込んでいる。オレなんぞはやめるのをやめたのだと、むしろ偉そうだ。しかし話が進んでいくと、その男もカミさんに五寸釘を刺されているそうだ。それだけ吸い続けたければ勝手にせよ、その代わりに酒代を半分にすると通告されたらしい。一家の財務大臣なら当然の処置だ。

 面白いので外野から投げかけてみた。 それでは、タバコと酒を天秤に掛ける判断を迫られたということですか? と問うと、その通り、どちらかを泣けと言われればオレは酒の量を我慢できる、と苦笑いしながらの返答だ。
 すると禁煙宣言の男がぐいと肩をせり出した。オレは酒の方が大事だわい、ただでさえみみっちい飲み方で辛抱しているというのに、これ以上酒代減らされちゃ生きて行けやせんわな、と切実な話だ。なんだか二人とも可愛らしいオジサンに見えてくる。

 総合的な判断では禁煙宣言の男に理がある。タバコは百害あって一利無し、酒は百薬の長だ。タバコなんぞやめて旨酒に回した方が賢明だ。口が寂しければ松坂大輔みたいにニボシでも囓っていれば健康的だろう。そうすれば家族は喜び職場の者にも歓迎されようというものだ。 ただ、お二方が愛すべき中年男達だったので、それは言わずにおいた。談笑している人々になにも外野から波風立てる必要はない。人生色々、人それぞれの秋なのだ。

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