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反原発

 時事通信の世論調査で再生可能エネルギーへの期待が8割以上だったとある。 物騒な原子力はやめておけという傾向だ。 国土が汚染物質により荒廃する様を目の当たりにし、これではエネルギーどころでない、国が滅びてしまうといった危機意識だろう。

 今までの生活では使い放題の電力により確かに快適ではあったろうし、それは我が職場や家庭に常時不自由なく供給されて当たり前だという概念の下、家電メーカーが新製品を続発しては我先にとそれを追い求めてきた。 公共のインフラから各工場の動力、家庭内の全自動皿洗い機まで、高度成長と共に国策として電力屋の肥大化を促さざるを得なかった点は否めない。

 原子力発電に手を付けたのは、まことしやかに言われる当時考えた効率性やコスト計算によるものだけだろうか。 米ソの核兵器冷戦や隣国中国の核実験に囲まれて、核技術の取得と兵器転用性を懐刀とした対外政策がまったく皆無であったとは考えにくい。 原爆を2発も落とされ、水爆も浴びせられた世界に類のない特異な我が国は、「非核三原則」 なる建前のお題目も掲げていた以上、世界への対抗手段として無理からぬところではなかったか。
 自民党の石破がはからずも口にしていたが、原発の技術イコール核防衛、抑止力になる。 ただでさえ器用な技術立国、その気になれば一週間で核弾頭を飛ばしてみせると囁けば、日本人ならやりかねないとの一目を置かせること出来たのではないのか。 勿論、被爆国故に核兵器保有論は表向きタブーであったが、CIAやKGBらが最も注視していたところに違いない。

 防衛という側面を横に置いておき、では、比較論で原発の電力コストは本当に安いと踏んでいたのだろうか。 怪しいものである。 取り扱うのが放射性物質だけに廃棄物処理など考慮すれば 「お安い」 で済む筈もない。 ましてや危険物としてダントツに厄介な燃料なれば、ひと度有事の憂き目となったそのリスクを無料で済ませられると勘定から度外視していた訳でもあるまい。
 原発の何が魅力であったかといえば、「原発利権」 そのものだったという事なのだろう。 電力に限らず何であれ、政財官ぐるみの国策事業は発足からして汚らしい利権が絡む。

 例えば、自然再生エネルギー政策へと国策で大きく動き出すとしよう。 そこにも必ずダニやウジ虫の如き連中が瞬時にまとわり付く。 こやつらは歯の根元に石のように堅い歯垢帯を構築せしめるように、非常に強固な政財官の利権構造体を作り上げる。 そして人民を欺きつつ国費を食い潰すのだ。
 何も考えてないかに見える政府与党の連中はおのれのポスト意欲にだけは餓鬼のようで、お粗末な小沢・鳩山にせっせと詣でては国民の姿など眼中にない。 経産省で更迭されたという三人の官僚は事もあろうに退職金上積みをせしめ、天下りも御自由にどうぞとなっている。 東電は企業年金を切られたのでは我々の老後が成り立たんとほざき、九電はそれこそオカミの御意向に添うようにとやらせメールで囂々たる非難を浴びている。

 これらの状況を見るに、時事通信の世論調査結果という数字は、単純に電力供給手段として反原発であるというだけではないだろう。 麻薬と同じで、人類が一度手にしてしまった驚異のエネルギー発生手段をそう簡単に捨て去ることは難しいと思える。 真面目に研究を重ね、安全の上に安全を考えて謙虚に取り組むならまだしも、一歩間違えれば国が滅ぶ実に危険極まりない事業に於いて、「安全第一」 ならぬ 「利権第一」 にしか出来ない連中なのだから取り扱い運営していく資格などあるものか、やめておけ、という意味合いも大きかろうと思うのだ。
 自民党の石破は核兵器転用可能性の抑止効果について触れると共に、過去の自民党政治に於ける盲目的原発推進の責任についても少し踏み入った発言をした。 が、しかし、それは党の表明ではない。 自民党はこの機に乗じた政権転覆しか目論んではいまい。 長期に亘る政権の総括も責任論もないまま、強固なる利権構造体のなすがままになっていく。 この国はどこまで腐ってしまうのだろうかと、虚ろに天を仰ぐ国民の哀しい姿が見える。


 

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